個人事業主の税対策では、所得税が最大の関門になります。所得税対策がしっかりできれば、税対策は9割終了したようなものです。
所得税の仕組みを解説していきます。
個人事業主なら誰でも「脱税にならない範囲で、最大限節税したい」と考えるはずです。
そのような方は「所得税の仕組みなんてどうでもいい。とにかく節税方法を教えてほしい」と思うのではないでしょうか。
しかし、急がば回れなのです。
節税方法は、個人事業主の業種や働き方によって異なります。「誰かの節税方法」は「あなたの節税方法」にはならないことが多いのです。自分に合った節税方法を選択しないと、効果的な節税はできません。
自分に合った節税方法を見つけるには、どうしても所得税の仕組みの理解が欠かせないのです。
ただ「税金の勉強は苦手」という方も、安心してください。この【個人事業主の税対策】シリーズでは、専門用語を使いません。だから最後までスラッと読めるはずです。
最後まで読み終えたときには、個人事業主に必要な所得税の知識がすべて頭に入っていることでしょう。
この記事の目次
「所得にかかる税」という意味を押さえる
所得税を理解するには、「所得税は所得にかかる税である」ということを押さえておく必要があります。
「所得税なんだから所得にかかるに決まっているだろ」と思わないでください。これを理解することは意外と難しいのです。
所得税を誤って理解してしまうのは、「所得」と「収入」を混同してしまうためです。所得と収入が違うものであることを知らない人はいないと思いますが、知らず知らずのうちにこの2つを同じものとして考えている人が少なくないのです。
また、そもそも税の話が苦手という人は、所得と収入の違いがきちんと理解できていないことが多いようです。
ここで覚えていただくことは、わずか3つです。
- 収入のほうが必ず所得より大きな金額になる
- 収入は入ってきたお金、所得は残ったお金
- 収入が1億円でも所得が0円なら所得税はかからない
この3つは暗記しておいてください。
収入が1億円でも所得が0円なら所得税はかからない
特に3番目の「収入が1億円でも所得が0円なら所得税はかからない」は、所得税の基本的な考え方であり、節税対策もこの考え方を基本にして戦略を立てていくことになります。
びっくりするぐらい大きな商売をしている人が、ほとんど所得税を払っていないことがあるのは、このためです。
商売と税金の不思議な関係といえるでしょう。
なぜ「収入が1億円でも所得が0円なら所得税がかからない」のかというと、所得は手元に残ったお金だからです。
所得が0円ということは、「収入は1億円だったけど、結局1円も手元に残らなかった」状態です。国はそのような個人事業主から所得税を取ろうとはしないのです。
合法的に所得税の額を少なくすることも経営の1つ
そうなると、個人事業主は、所得税を払いたくないという理由で、所得の額を1円でも減らそうとします。
しかし、違法なやり方で所得を0円に近づけてしまうと、脱税になってしまいます。
脱税は絶対にしてはいけません。脱税が見つかると本来の額より高い税金を支払わなければなりませんが、それより大きなペナルティがあります。
脱税をすると信頼をなくすのでビジネスを継続できなくなるかもしれません。
ただ、法律が認めている節税対策を取らずに余計な所得税を支払うことも、ビジネスとしては正しいとはいえません。
なぜなら、本来払わなくてもよい所得税を支払うことは利益を少なくすることなので、経営に悪影響を及ぼすからです。
個人事業主は、本来のビジネスと並行して、常に節税について考えていなければならないのです。
2つの計算式を覚えてください
所得税を理解するには、2つの計算式を覚えておく必要があります。
計算式1:所得=収入-必要経費-控除
この計算式は、収入から必要経費と控除を差し引くと所得になる、という意味です。
計算式2:所得税=所得×税率-課税控除額
こちらの計算式は、所得に税率をかけて課税控除額を差し引くと所得税の額が出る、という意味です。
計算式1で所得を出して、その所得を計算式2に組み込んで最終的に所得税を出すことになります。
計算式1と2のうち、これまで出てきたのは所得と収入と所得税の3つだけです。
それ以外の「必要経費」「控除」「税率」「課税控除額」もしっかり押さえておく必要があるので、1つずつ解説していいきます。
計算式1:所得=収入-必要経費-控除
・所得=収入-必要経費-控除
という計算式1から、次のことが分かります。
・必要経費の額を大きくすると所得が少なくなる
・控除の額を大きくすると所得が少なくなる
所得が少なくなれば所得税が減るので、必要経費と控除には、所得税の額を少なくする効果があるといえます。
必要経費とは
必要経費とは、そのビジネスを行うために使ったお金のことです。
例えば輸入ビジネスを行っている個人事業主は、アメリカから商品を買って、その商品を日本で売っているわけです。
アメリカで商品を買ったときのお金は仕入金額といい、仕入金額は必要経費になります。
アメリカのサイトで輸入する商品を探すには、パソコンを買ったりネットにつないだりする必要があります。パソコン代もネット回線料も必要経費です。
また喫茶店をやっている人は、コーヒー豆やパンなどをスーパーマーケットで購入しなければなりませんが、コーヒー豆代やパン代も仕入金額になるので、必要経費です。
必要経費を理解できると、「収入が1億円でも所得が0円なら所得税はかからない」が理解できると思います。
例えばアメリカである製品を9,990万円で買い、輸入コストが10万円かかったとします。この時点で必要経費は1億円かかっています。
その製品を日本で1億円で売れば、収入は1億円ですが、必要経費も1億円かかっているので、手元にはお金が残りません。
なので所得は0円となり、所得税はかからないのです。
所得税における必要経費は、
- 必要経費の額が増えると、所得税の額が少なくなる
- 必要経費には、所得税を下げる効果がある
と理解しておいてください。
必要経費の種類
必要経費の種類はたくさんあります。下記の表は必要経費のほんの一部です。
1つでも多く覚えれば、それだけ必要経費の額を増やすことができ節税につながります。
仕入れ | 材料や原料、転売するための商品の購入費 |
通信費 | インターネットの回線料、電話代、郵便代、宅配代 |
減価償却費 | 車、パソコン、コピー機、オフィス用品など10万円以上の高額な資産を一定期間にわたって計上する費用 |
消耗品費 | 使用可能期間が1年未満のもの、または、取得価格が10万円未満のものの取得価格。事務用品、電球、伝票、名刺、印鑑など |
水道光熱費 | 電気、ガス、水道、灯油などの費用 |
地代家賃 | 事務所の土地や建物の賃借料や使用料、倉庫使用料、駐車場代 |
荷造運賃 | 商品の宅配費用、段ボール、ガムテープ |
租税公課 | 業務で支払った税金(個人事業税、固定資産税、不動産取得税、自動車税、登録免許税、印紙税) |
損害保険料 | 自動車保険、自賠責保険、火災保険 |
広告宣伝費 | 新聞、テレビ、雑誌などに掲載した広告費、ダイレクトメール |
修繕費 | 事務所の建物や機械などの修理や修繕の費用、パソコンの修理、自動車の修理 |
接待交際費 | 取引先への接待費、飲食代、祝い金、贈答品 |
福利厚生費 | 飲み物代、洗剤、忘年会費、レクリエーション費 |
旅費交通費 | 出張にかかった電車賃、タクシー代、宿泊費 |
外注工賃 | 外部業者に発注した費用、ホームページ制作、システム開発、加工、代行 |
雑費 | 必要経費ながらどの項目にも属さないもの。ごみ処理代、事務所の引っ越し費用、クリーニング |
給与賃金 | 従業員がいる場合 |
専従者給与 | 個人事業主と生計が同一の家族に対する給与 |
貸倒金 | 売掛金や未収金が回収できなくなった場合の損金処理 |
利子割引料 | 借入金の利子、手形の割引料、自動車ローン、住宅ローン |
必要経費の知識は節税の知識とほぼ同じなので、上記の1つひとつについて知っておく必要があります。
ここでは説明しきれませんので、別の記事でじっくり必要経費について解説します。
社会保険料は経費ではなく控除
社会保険料は必要経費ではなく控除に入ります。
控除はこの後に説明します。
個人事業主には給与はない
個人事業主の制度には、「個人事業主自身の給与」という考え方はありません。
よって、上記の必要経費の表には、個人事業主自身の給与という項目はありません。
上記の表の中の「給与賃金」も「専従者給与」も、個人事業主以外の人に支払った給与のことです。
個人事業主の制度では、個人事業主は所得で生活をする、と考えているのです。
所得とは、
・所得=収入-必要経費-控除
です。
「所得=個人事業主の給与(のようなもの)」と覚えておいてください。
「必要経費の計上額を増やす」のは良いが「必要経費を増やす」のはダメ
どの出費を必要経費として認め、どの出費を必要経費として認めないかは、税務署が判断します。個人事業主が「これはビジネスに必要な出費だから必要経費だ」と主張しても通りません。
税務署は聞かないと教えてくれない
また税務署は決して「あなたのような商売をしていれば、〇〇といった経費が発生していませんか。それは必要経費になりますよ」とは助言してくれません。
つまり、個人事業主のほうで「これは必要経費になるはず」ということを知っておかなければならないのです。
税務署は、個人事業主から「〇〇は必要経費として計上しても大丈夫ですか」と尋ねられれば、きちんと答えてくれます。
つまり個人事業主は、税務署の判断を知らなければならないということです。
必要経費についての税務署の判断はとても重要なので、これも必要経費を解説した別の記事で詳しく紹介します。
必要経費を増やすと生活が苦しくなる
ここでは、次のことだけを押さえておいてください。
- 必要経費を増やしてはダメ。所得が小さくなるから。
- 必要経費の計上額を増やすことは良い。所得税が安くなるから。
「必要経費」と「必要経費の計上額」は、同額になりますが、概念が異なります。
所得税を学び始めた人の多くは「所得税を減らすために必要経費を増やそう」と勘違いしてしまいますが、それは正しい経営とはいえません。
なぜなら、必要経費を多く使えば使うほど、所得が減ってしまうからです。そして所得こそ、「個人事業主自身の生活費」だからです。
所得は、
・所得=収入-必要経費-控除
で算出します。
この計算式は、無駄な必要経費を使えば使うほど、個人事業主の生活費が減るということを意味しています。
必要経費は、最低限に抑えましょう。
しかし、必要経費として使ったお金は、所得税の計算をするときにしっかり計上しましょう。計上し忘れると、所得税を余計に支払うことになってしまいます。
控除とは
次は、
・所得=収入-必要経費-控除
の計算式の中の控除について見ていきます。
国が税金を安くしてくれる仕組み
控除(こうじょ)と聞くと、とても難しい言葉に感じませんか。普段の生活で使うことがない言葉です。控除は完全な税金用語です。
ですので、こう覚えておいてください。
『控除とは国が税金を安くしてくれる仕組み』
税金を徴収する国が、なぜ控除という仕組みを使って税金を安くしようとするのでしょうか。
それなら最初から税金の額を安くしてくれればいいのに、と感じます。
国はできるだけ多くの税金を集めたいので、最初から税金の額を安くしたくはないのです。
ところが税金のルールを全員に当てはめてしまうと、不公平になってしまうことがあるのです。
それで国は、そのままだと不公平になってしまう人の税金を、少し減らすことにしたのです。
特定の人の税金だけを減らすことが控除の目的です。そのため控除には次のような性質があります。
- 所得税の控除は経済活動のハンディキャップみたいなもの
- 控除は条件に当てはまる人にしか適用されない
所得の額を減らすことで結果的に所得税を減らす
控除には、税金の額を直接減らす控除と、間接的に税金の額を減らす控除があります。
ここで説明する控除は「間接的に税金の額を減らす控除」です。
所得は
・所得=収入-必要経費-控除
で計算します。
控除はまず、所得の額を減らすのです。
所得税は
・所得税=所得×税率-課税控除額
で計算するので、所得が減れば所得税が減るというわけです。
結果的に、控除が所得税を減らしましたが、その減らし方は間接的です。
ちなみに「課税控除額」も控除の1つですが、こちらは計算式の通り、「所得税の額を直接減らす控除」になります。課税控除額は後で解説します。
控除は遠慮なく増やしていこう
必要経費も控除も、所得税を少なくする効果があります。
しかし必要経費を増やしてしまうと個人事業主の生活が苦しくなってしまいますので、必要経費をむやみに増やすことはできません。
しかし控除をいくら増やしても、税金が減るだけです。控除が増えれば、手元のお金は増えます。
控除は1つでも多く獲得しましょう。
控除の種類
控除は下記の表のように、さまざまな種類があります。個人事業主は自分が該当するものを選び、確定申告のときに「自分の控除」を申告用紙に記載していきます。
基礎控除 | 個人事業主なら誰でも該当し38万円が控除される。 |
青色申告特別控除 | 青色申告をする個人事業主は65万円が控除される。 |
社会保険料控除 | 支払った社会保険料と同額分が控除される。社会保険とは、医療保険、年金保険、介護保険など。 |
医療費控除 | 計算式「支払った医療費-各種支給された保険金-10万円」で算出された金額が控除される。 |
生命保険料控除 | 生命保険や個人年金など、民間の保険会社の保険に加入している場合、支払った保険料の一部が控除される。 |
地震保険料控除 | 支払った地震保険料の一部が控除される。 |
寄付金控除 | 国や市区町村などに特定寄付金という制度で寄付した金額の一部が控除される。 |
障害者控除 | 所得税法上の障害者に該当する場合、障害の大きさによって27万円または40万円が控除される。 |
寡婦(寡夫)控除 | 離婚や死別などで配偶者を失った寡婦または寡夫に対し、27万円または35万円が控除される。 |
勤労学生控除 | 個人事業主が学生の場合、27万円が控除される。 |
配偶者控除 | 個人事業主の配偶者の年間所得が38万円以下の場合、38万円が控除される。 |
配偶者特別控除 | 配偶者の年間所得が38万円超76万円未満、個人事業主の年間所得が1,000万円以下の場合、3~38万円が控除される。 |
扶養控除 | 扶養している親族がいる場合、38万円が控除される。 |
雑損控除 | 災害や盗難に見舞われたときに一定額が控除される。 |
小規模企業共済等掛金控除 | 小規模企業共済法上の共済に加入している場合、支払った掛金の全額が控除される。 |
控除も、所得税を理解する上でとても大切な内容になるので、控除だけを別の記事で詳しく解説します。
ここでは、青色申告特別控除について紹介します。
ぜひ青色申告特別控除を獲得しよう
個人事業主は、ぜひ青色申告を選択し、青色申告特別控除を獲得してください。
青色申告を選択するには決算書を作成しなければならず、それが面倒で白色申告を選ぶ人にいますが、白色申告にしても収入や経費などの記録は必要です。
大変なのは初年度だけ。翌年からは数字を入れ替えるだけ
決算書の作成は、最初はとても大変だと思いますが、しかし一度つくってしまえば、翌年からは数字を変えていくだけです。
自分のビジネスを見渡すことができる
しかも決算書をつくれば、お金の出入りの把握や税金の理解、経営の好調不調の判断、投資タイミングの見極めなどができるようになります。
自分の商売がクッキリと見渡すことができます。
決算書づくりは、個人事業主のビジネストレーニングにもなるのです。
203万円を売り上げても所得税0円
そして何より、65万円という控除です。
仮に必要経費が100万円かかったとすると、収入が203万円以下であれば所得税は0円になるのです。
所得=収入(203万円)-必要経費(100万円)-控除(基礎控除38万円、青色申告特別控除65万円)=0円
になるからです。
計算式2:所得税=所得×税率-課税控除額
ここからは計算式2
・所得税=所得×税率-課税控除額
を見ていきます。
所得は計算式1(所得=収入-必要経費-控除)で出しましたので、後は「税率」と「課税控除額」を見るだけです。
税率とは、課税控除額とは
税率と課税控除額はリンクしているので、同時に見ることができます。
下の表をご覧ください。
<所得・税率・課税控除額の表>
所得 | 税率 | 課税控除額 |
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円超~330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円超~695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円超~900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円超~1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円超~4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
これは、所得によって税率と課税控除額が変わることを表した一覧表です。
所得税は「所得税=所得×税率-課税控除額」で算出するので、個人事業主としては、
・税率が高いと悲しい
・課税控除額が増えると嬉しい
ということになります。
この表から分かることは、次のことです。
- 税率は所得が多い人ほど高くなる。つまり所得が多くなると急に所得税が増えていく。
- 急に所得税が増えすぎないように課税控除額で所得税の額を少し減らす
シミュレーションしてみよう
これで所得税の説明はすべてとなります。
ではこれまで紹介した項目と計算式を使って、
- 収入:5,000,000円
- 必要経費:500,000円
- 控除103万円(基礎控除38万円、青色申告特別控除65万円)
となっている個人事業主の所得税を算出してみましょう。
まずは所得を出します。
・計算式:収入-必要経費-控除=所得
5,000,000円-500,000円-1,030,000円=3,470,000円=所得
所得が347万円なので、上記の「所得・税率・課税控除額の表」から税率は20%、課税控除額は427,500円になります。
ここから所得税の金額を出します。
・計算式:所得×税率-課税控除額=所得税
3,470,000円×20%-427,500円=266,500円
つまり50万円の経費を使って500万円を稼いだ人は、所得税を266,500円支払わなければならない、というわけです。
ただ、控除の額はさまざまな条件によって異なるので、必ずしもこのような計算になるとは限りません。
まとめ~難しくはありません
所得税は簡単ではありません。しかし、個人事業主としてビジネスをしている人であれば、もっと難しい仕事をこなしているはずです。
本来のビジネスに比べたら、所得税の理解はそれほど難しくないはずです。
所得税を計算したり確定申告書を作成することは嫌なことですが、しかし本来のビジネスで生じる嫌なことに比べたら、大したことはないのではないでしょうか。
しかも所得税を計算するスキルは、必ずビジネスに役立ちます。ビジネスの勉強のひとつと考えて、所得税と向き合ってみてください。